ななぶんのいち

つよく 素直に生きたい。

愛しいという気持ち

昨日の午前3時30分頃に家を出た。

「今日なら来ていいよ」

電話でこの言葉をもらってすぐだった。

すでに準備は出来ていて、ジャケットも着ていたし、カバンを持って家の鍵を閉めるだけだった。

 

家を出ると凍てつくような寒さで、車内の暖房を入れようか迷ったがやめた。音楽は相変わらず聴く気になれなかった。

無音の車内で、早く会いたいという気持ちだけが先走り、ギリギリの黄色信号の度に少しイライラした。

きっともう寝ている頃だろう、

着いたのは午前4時ちょうどだった。

押し慣れていた部屋番号を打ち込み、エレベーターへと急いだ。

 

鍵は開けておいて、と言ったはずなのにドアノブを回すと、鍵は開かなかった。

こんな時間にインターホンを鳴らすのは流石に憚られたが、そうするしかないのかと思案していること約5秒くらい、

明かりが付けっ放しの部屋に、あの人はいた。

とても眠そうな顔で、出迎えてくれた。

でもきっと起きていたのだろう。真っ暗じゃないと眠れない人なのだ。

 

そう思うと何故だか急に胸が苦しくなった。

どうして、仕事で疲れている中

煌々と明かりがついている部屋の中

待っていてくれたのか。

偶然かもしれない、防犯の為かもしれない、だけどそれがどうしようもなく私を苦しくさせた。

 

平然を装って、私は玄関の明かりを消した。

私が来るやいなや部屋の明かりは消灯されていたので、狭い一人暮らしの部屋は一面が暗闇となった。

何かに ぶつからないか恐れながら一歩ずつあの人の元へ近づいて行った。

 

ずっと触れたかった温もりがそこにあった。

その手に抱きしめられるのを夢見たこともあった。

隣に寝そべってみると、以前より私のスペースが狭くなっているような気がした。

両手を上に挙げて眠りにつこうとしていたあの人に、手を繋ぐことを求めた。

渋々といった声のトーンで、だけど私の手を包んでくれた。

温かかった。

夢で触っていた手と同じだった。

私はついに堪えきれず指を絡ませた。

ぎゅっと抱き締めた。

あなたも抱き締めて、というと

「要望ばっかり」と困ったように笑って、取り合ってくれなかった。

でもそれでよかった。苦しくなるくらい私はまだあの人が好きだった。

応えてくれていたら、きっと全て欲しくなってしまっていた。

 

隣で手を繋いで、あの人の温もりを感じながら朝を迎える予定が、何故か起きたら二人とも一糸纏わぬ姿だった。

どちらが悪いとは言わない、ただ私はその時 手に入れたはずの温もりが嬉しかった。

そう思えていたはずなのに、朝起きて

寝ているあの人の顔を見て、繋いでいる手の温かさを感じて、どこか虚しさを感じた。

もう触れているというのに、隣にいるというのに、心はどこか二人とも違う所にあった。

もうそれが交わる事がないのかと思うと、昨晩とは違う胸の苦しさに襲われた。

 

結局寝ても寝てもすぐ目が覚めたので、あの人が起きる時間には帰り支度が整っていた。

最後に洗面所の前で腕を広げると、歯を磨いていたあの人は私の顔を片手で押さえるようにして自分から引き剥がした。

それがあの頃の私達の遊びだった。

私はジタバタして面白そうにしてみせると、その後もう一度 腕を広げた。

今度は抱き締められた。一度目は私だけ、二度目はあの人も腕を回してくれた。

「また来ます」と言うと、もう来なくていいです、と困ったように言っていた、

そんなあの人がどうしようもなく愛しかった。

 

寝るスペースの違和感は、きっとあの人の一人の時間が、前より大きくなったからだろう。

こうやって一人に慣れて、そしていつか他の人と出逢っていくのだろう。

もう一緒に飲んだチャイティーではなく、ココアや梅昆布茶が並んでいた。

諦めたいけれど、どうしようもなく まだ愛おしかった。

 

越えてはいけなかった一線を越えた私には、自分の車に貼られている「駐車禁止」の鮮やかな黄色と昼の日差しがとても眩しかった。