苦しみとかの行方
「前にも言わなかった?」
私と上司、同期とその上司しか居なくなった事務所内でその声を聞いた。
お客様の資料を作る時のポイントが多く、メモをする時間もない時が多いので私は怠けてしまっていたのだと思う。
いつも名字にさん付け、もしくは下の名前で呼ばれていたので名字だけで呼ばれた時には一瞬自分の事かどうかわからなかった。
「ねえ、言わんかった?」
言ってたと思います、と呟いた声が震えていたかどうかは分からなかった。
ただでさえ私には責任も重すぎて、お客様の大事な一生が自分の手にかかっている仕事だと思うと気が気でなかった。
正直な所、精一杯だった。キャパシティでいうなら私のそれからは十分はみ出ていた。
担当のお客様が増えるたび、心が重くなるようだった。私が本当にその人達を幸せにできるのか不安で堪らなかった。
時間内に仕事を終わらせる事も出来ず、ただただ能天気そうにいつも笑ってるようなやつである。ただ、何もできないから、笑顔だけは絶やさずにいようと思っていた。
でも今日はいつもみたいに ごめんなさいって笑うことが出来なかった。その代わりに左目の下瞼が痙攣した。突然酸素が薄くなったみたいに息苦しくなった。
どんな流れでいつものお店にたどり着いたかうろ覚えでしかないけど、職場を出てから胃がむかむかして切ないのと苦しいのとで、白いタイルの柱を蹴ったのを覚えてる。あと、頼れる人が誰もいない事に気付いて、じゃあ私はこれどうすればいいんだよって更にしんどくなった。
可愛く素直に頼れる方法は分からない。精神的に頼らない様にって思いながら過ごしてきた。今更、しんどいです助けて、話を聞いて、って言える人なんていない。そんなに素直になってしまって、いざその人に裏切られたらきっと心の芯からダメになってしまう。私の全てを話したら、きっとその人の唯一無二になりたくなってしまう。
自分を守る為に、でも確実に脆くなっていく方向で、誰にも頼らない道を進んでいく。
こうしてやっぱり私は一人なんだと実感してまた泣いてしまう所が、幼稚で人間らしいなと思った。
いいから、それでもいいからって言ってくれる人がいれば一番いい。でもそんな人 一生をかけても逢えないと思うから、出来るだけ強く抱きしめてくれる人がいい。何も考えなくていいからって、噛み締めた私の唇に 唇を重ねてくれたらいい。私はそれが最大の愛情表現だと思うし、求められている時だけしか自分が今ここに居ていいんだって思えない。
自分の形を確認出来る手っ取り早い方法だ。擬似的な甘い気持ちで一瞬だけ胸が満たされた様にも感じられる。
一瞬だけでも、いいから早く側に来て。
何が溢れても気にしないで、強く強く抱いて。
その時だけ私は、私でいられるから。