ななぶんのいち

つよく 素直に生きたい。

今日この想いを抱いて消えてしまえたら

隣で今喋ってる若いカップルの声がやけに耳に届く。なんだか胸焼けの時のような気持ち悪い感覚だけど、発車時間も近いので席を立つ。

 

いつも通っている店がある。かれこれ4年くらい。オープンした当時 知ってはいたものの、同じ系列の別の店舗に通っていた。

いつも私は変化を嫌っている。のくせ、順応が早く「こっちの方が好き」となるタイプ。

通っていない期間(近くのいい感じのバーに通ってた)はもちろんあったけど、3ヶ月前くらいからかまた通うようになった。

久しぶりに行くそこは、もう知らぬ顔ばかりで、私が知らない空間になっていた。当時はそれがただただなんだか悲しくて、もうここには通いたくないと思った。ただ、顔馴染みの店員さんが1人2人まだいたので、勝手に嬉しくなってその人に会うために通った。そのうち顔馴染みの店員さんたちは増えていった。いわゆる順応をしていった。嫌がっていた「変化」から「それが普通」になった。

また私の特別な場所になった。

 

ただ定期券内だから、とか駅からすごく近いから、だけが理由ではない。

私の精神状態を保つための場所である。でもこれは結構大袈裟なんかじゃない。

情緒不安定で、思いつめる時にはどん底まで真っ直ぐ落ちていくたちなので、感情の浮き沈みが本当に激しい。ロックバンドでいうと、頭を上げてる時が最高に楽しい時で下に思い切り振り下げて頭が一番地面に近い時がしにたい時。それを永遠に繰り返してる感じ。実際に昨日は会社を辞めて別の人生を歩もうとすごく真面目に思っていたけど、今日はなんだかルンルンでこのハッピーを人にも伝えたいと思う。仕事って超楽しいじゃんとなってる。

毎日感情の振り幅を振り切ってるけど、どんな気持ちの時もその店に行きたくなる。

ある時は元気を貰いに、ある時は哀しみを減らしに、ある時はハッピーをあなたに。

 

とにかく、大切な場所がある。

電車の発車時刻ギリギリまでそこに居ようと決めている。なので大体1人掛けの席に座る。向かいの席に荷物を置いて反対側のソファ席に腰掛ける。すると隣には黄色いトレーナーを着てマスクをかけた、いかにも大学生、と薄ピンクの服を着たこちらもきっと大学生、のカップルがいた。席を選んだ時に一瞥された気がしたが、気にしない。

発車時刻まで、溜まったLINEの返信をしようとしたが、隣の2人の会話が耳に入ってきた。

”1人で老後を迎えるって寂しくね?”

という話だった。くすくす笑いながら。

何が面白いのか、と思ったけどそれは私を指しているのかと感じた。(被害妄想もあるのかも)

 

”周りのおばあちゃんは孫にお年玉とかをあげてるのに、1人だったら寂しいよね”

とそのカップルの男の方は言った。相変わらず少し笑いながら。

”でも1人だったら死ぬよね。その時1人だったら死のうと思うもん。”

と女の方が言った。

 

そんなもんか、と思った。それに1人ってそんなに嫌か、と思った。

人はみんな1人だと思う。自分の考えを全部が全部伝えきることは出来ないし、相手の表情や言葉から全ての感情は感じ取れない。結局誰もが自分自身でしかないし、それはこの世に本当にたった1人なのだ。

ほとんどの場合1人でこの世を去るのだ。

 

たとえ誰かと寄り添ったとしても、友達が100人いても、幸せな1日を過ごしていても、人はみんな1人だ。

もちろんそれを豊かにしてくれるのはまた”私”とは違う”誰か”だし、反対に 私の大切な”誰か”の人生が豊かになるような"私"でいたいと思っている。

 

 

 

ここまで下書きしてあって2ヶ月寝かせてしまったけど、とりあえずこの時はとても虫の居所が悪かった。

私の人生において必要不可欠で大切な場所を、汚して欲しくなかったのだと思う。表現が行き過ぎてたらごめんなさい。

 

今日またこの店に行ったら、今月と来月に辞めるスタッフを教えてくれた。皆んなよく話してくれる素敵な人ばかりだった。元気な時も、心に余裕がない時も、明日に向かって行こうと思えたのはこの人達がいたからだと思う。伝えるとすれば"本当にありがとう"と、我儘を言うなら"辞めないで"。

四季で1番好きな季節は?とか聞かれて今まで特に答えられなかったけど、今 春は嫌いだ。少しずつ暖かくなる現在、ほんの少しずつ、だけど確実に別れを感じ始めている。

変化は嫌いだけど、しなければいけない時期にきている。僅かながらに気づかないうちに変わっていく毎日を愛さなければと思うけど、哀しいものは哀しい。門出をお祝いしたいのに、心が苦しいのはどうしたらいいんだろう。